理事長あいさつ
ご挨拶
日本司法精神医学会のホームページにようこそ。
日本司法精神医学会理事長の五十嵐禎人でございます。松下正明先生、山上晧先生、中島豊爾先生に引き続き、2016年6月より、当学会の理事長を拝命しております。若輩ではございますが、全力で重責を果たして参る所存です。会員の皆さまのご指導ご鞭撻を心よりお願い申し上げます。
精神医学は内科や外科など医学の他の領域と比較して法律との関係が深い領域です。司法精神医学(forensic psychiatry)は、精神障害に関連する法的な諸問題を取り扱う応用精神医学の一分野とされています。
わが国では、司法精神医学は、精神鑑定など裁判に関連する精神医学的な問題を取り扱う専門領域と考えられてきました。しかし、21世紀を迎えた頃より、わが国の司法の分野では、大きな法制度の改正・創設が行われました。2003年7月に成立し、2005年7月から施行されている「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(医療観察法)は、こうした法制度の創設のひとつであります。それ以外にも、2000年4月から施行されている成年後見制度、2009年5月から施行されている「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(裁判員裁判法)、2007年6月に施行された「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(刑事収容施設法)などがあります。こうした法制度の改正・創設によって、わが国の司法精神医学は、大きなパラダイムシフトを要請されることになりました。精神鑑定を中心としてきた伝統的な司法精神医学は、治療・社会復帰支援や犯罪者に対する精神保健的なアプローチなどをも含む「司法精神保健学(forensic mental health)」へと変革することを求められるようになっております。
日本司法精神医学会が設立されたのは、2005年5月ですが、こうした司法精神医学のパラダイムシフトを受けて、司法精神医学・医療の充実と拡大、人材の養成を含めた専門教育の確立、司法精神医学・医療の研究の発展などを期してのことでした。当学会の英文名称は、Japanese Association of Forensic Mental Healthですが、Forensic Psychiatryではなく、Forensic Mental Healthという用語を採用しているのも、こうした司法精神医学のパラダイムシフトを踏まえてのことです。
医療観察法も施行から10余年が過ぎました。触法精神障害者のアセスメント手法や治療プログラムは確立され、対象者の円滑な社会復帰の促進という医療観察法の目的は達成されつつあります。その一方で、入院の長期化や医療観察法で確立された手法の一般精神科医療への還元など新たな課題が出現しています。裁判員裁判の開始により、刑事精神鑑定の在り方は大きく変化し、刑事責任能力鑑定の在り方に関して活発な議論がなされるようになっています。刑事責任能力鑑定において精神科医が果たすべき役割を検討するとともに、質の高い鑑定を行える人材の養成が社会的に要請されております。また、矯正施設においても薬物事犯や性犯罪者に対する特別改善指導などが行われ成果をあげていますが、円滑な社会復帰や継続的な支援の問題もあり、司法と精神科医療の連携体制の整備は政策課題とされています。
このように刑事司法の領域に関しても重要な課題が山積しておりますが、本来、司法精神医学の担う領域はもっと幅広いものであるべきだと思います。超高齢社会を迎えたわが国においては、医療、介護、成年後見、相続・遺言など、高齢者をめぐる種々の問題が生じております。高齢者に関する法的、倫理的な課題を検討し、高齢者の権利擁護を図ることも司法精神医学の重要な役割といえましょう。また、精神保健福祉法による医療、特に、措置入院や医療保護入院などの非自発的入院制度や非自発的な精神科治療に関する法的、倫理的な課題を検討することも、司法精神医学の役割と思います。そのほか、犯罪被害者に対する支援や虐待、ドメスティック・バイオレンス(配偶者暴力)の問題なども、司法精神医学の立場から検討を行う必要がある課題といえましょう。今後は、こうした分野を含め、幅広く、精神科医療と法の問題について、実証的な知見に基づいて、議論を行っていけるような学会にして参りたいと思っております。
精神科医療と法の問題に関心を持たれている多くの方々に日本司法精神医学会にお集まりいただき、わが国の司法精神医学・司法精神保健学の発展にご協力を賜りますようお願い申し上げます。
日本司法精神医学会理事長 五十嵐禎人